記憶の子供――「いじめ」で求めるものは
前回紹介した川口洋輔君は、中学のころいじめを受けていたそうです。当時塾ではそんなそぶりはまったく見せませんでしたが、学校で学生かばんを何度も蹴られたり机にいたずらされるなど、かなり嫌な目にあったようです。その話をしてくれたのは、高校生になってすべて過去の話になってからでした。
私は彼に尋ねました。
「問題を解決しようと奮闘する、青春ドラマに出てくるような熱血教師と、見るからに頼りなさそうで実際に問題解決の力も無いが、話をきちんと聞いてくれる教師の2人がいるとする。君ならどちらにいてほしいか。」
彼は即座に後者と答えました。
熱血先生が奮闘すれば問題は解決するかもしれないが、僕は複雑な気持ちになるだろう。僕の問題なのに、熱血先生がみんな片付けてしまったら、僕は自分の情けなさ、存在感の無さににもっと落ち込むかもしれない。僕の問題は僕が何とかしなきゃいけないのに、熱血先生がそれを持っていってしまうのは違うって気がする。
あのころ本当にいてほしかったのは、僕の話に誠実に耳を傾けてくれる先生だ。問題を解決する力なんて無くていい。かえってその方が余計なことをしないから、安心して話せる。ただ、今僕がどんなことを悩んでいるか、それを親身になって受け止めてくれればいい。そんな先生がいたら、明日も学校に行く気力が湧いてきただろう。
だいたいこのような話だったと記憶しています。
もちろん、「いじめ」とひと口に言っても実態はさまざまです。彼の例が当てはまらないケース、教師による緊急かつ強引な介入が必要なケースも少なくないでしょう。しかし彼の例が参考になるレベルの場合も、決して少なくないはずです。
彼は、本当にいてほしかったのは、僕が明日も学校に来られる勇気を与えてくれる教師だと語っていました。
しかしそのような教師はいなかったそうです。私の子ども時代を振り返っても、また他の子どもにも、そのような教師はいませんでした。
もっとも、子どもはよほどの事態でないと、大人にいじめの相談をしませんから、駄目教師ばかりと軽軽しく決め付けることはできません。子どもが大人に相談しないのは、下手に話すと十中八九事態が悪化すると知っているせいでもありますが。
いじめをする生徒を職員室に呼んでしかる。皆で話し合わせる。そんなことをすれば、「よくもチクったな」と事態はさらに悪化します。
もっと多いのは、「おまえにも落度がある」と、いじめられている生徒を逆に責めるケース、「その話は誰にもするな」または「お前らで勝手に解決しろ」と逃げるケースです。成果主義が浸透すれば、このような教師はさらに増えるでしょう。いじめでひとりが不登校になっても、それは生徒がひとりだけ問題児になっただけですが、いじめの存在を認めれば、クラス管理能力の無さ、多くの生徒に対する指導力の無さを自分から認めるも同然だからです。
では教師以外の大人に話すのは?
聞き飽きた説教や分かりきった「命は大切だ」「よいところを見つけろ」式の一般論を、「いいから聞け」と押し付けてくるだけ。話しても無駄だったと後悔するだけ。どうせ真面目に聞いてくれない。かなりの子どもに、このようなあきらめがあるように思います。
自分は教師だ、大人だと大きな顔をしたいのなら、悩んでいる子どもの声にきちんと耳を傾ける、その程度のことくらいできる大人でありたいものです。簡単な話ではないのかもしれませんが。
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あのころ本当にいてほしかったのは、僕の話に誠実に耳を傾けてくれる先生だ。問題を解決する力なんて無くていい。かえってその方が余計なことをしないから、安心して話せる。ただ、今僕がどんなことを悩んでいるか、それを親身になって受け止めてくれればいい。そんな先生がいたら、明日も学校に行く気力が湧いてきただろう。
だいたいこのような話だったと記憶しています。
もちろん、「いじめ」とひと口に言っても実態はさまざまです。彼の例が当てはまらないケース、教師による緊急かつ強引な介入が必要なケースも少なくないでしょう。しかし彼の例が参考になるレベルの場合も、決して少なくないはずです。
彼は、本当にいてほしかったのは、僕が明日も学校に来られる勇気を与えてくれる教師だと語っていました。
しかしそのような教師はいなかったそうです。私の子ども時代を振り返っても、また他の子どもにも、そのような教師はいませんでした。
もっとも、子どもはよほどの事態でないと、大人にいじめの相談をしませんから、駄目教師ばかりと軽軽しく決め付けることはできません。子どもが大人に相談しないのは、下手に話すと十中八九事態が悪化すると知っているせいでもありますが。
いじめをする生徒を職員室に呼んでしかる。皆で話し合わせる。そんなことをすれば、「よくもチクったな」と事態はさらに悪化します。
もっと多いのは、「おまえにも落度がある」と、いじめられている生徒を逆に責めるケース、「その話は誰にもするな」または「お前らで勝手に解決しろ」と逃げるケースです。成果主義が浸透すれば、このような教師はさらに増えるでしょう。いじめでひとりが不登校になっても、それは生徒がひとりだけ問題児になっただけですが、いじめの存在を認めれば、クラス管理能力の無さ、多くの生徒に対する指導力の無さを自分から認めるも同然だからです。
では教師以外の大人に話すのは?
聞き飽きた説教や分かりきった「命は大切だ」「よいところを見つけろ」式の一般論を、「いいから聞け」と押し付けてくるだけ。話しても無駄だったと後悔するだけ。どうせ真面目に聞いてくれない。かなりの子どもに、このようなあきらめがあるように思います。
自分は教師だ、大人だと大きな顔をしたいのなら、悩んでいる子どもの声にきちんと耳を傾ける、その程度のことくらいできる大人でありたいものです。簡単な話ではないのかもしれませんが。

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コメント
コメント感謝
はじめまして、てくてく、とことこ、のしのしさん。コメントをありがとうございます。ご返事が送れて申しわけありません。
いじめについて、かつて私が被害者だったこともありますし、逆も無いとはいえません。塾の講師となってからも、いじめの問題で何度か苦い思いをしました。これらについても書きたいと思っていますが、過去の傷にさわる作業でもありますので、ためらう気持ち半ばというところです。
拙文から、少しでも何かしら感じていただければ幸いです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
いじめについて、かつて私が被害者だったこともありますし、逆も無いとはいえません。塾の講師となってからも、いじめの問題で何度か苦い思いをしました。これらについても書きたいと思っていますが、過去の傷にさわる作業でもありますので、ためらう気持ち半ばというところです。
拙文から、少しでも何かしら感じていただければ幸いです。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。
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我が家の子供達もいじめらしきものを受け いろいろ遠周りする事も多かったけれど そのお陰で子供達の命と向き合う事ができました。
その当時 弱いからいじめられるんだと言われました!
でも、最近 弱いから人をいじめてしまうんだという記事を読み 感動しました。
そうかもしれません
内なる負の感情に負け 自らが自分をコントロール出来ずに感情のままに流されていく・・・・
我が家の子供達は お陰様で 心の旅を乗り越え いじめにあえた事を機に 胸中に植えた種が根を伸ばし始めたようです・・・
いろいろ、これからも 子供の育ちにとって大切なお話を聴かせて下さいね!
楽しみにしています。 また、寄らせていただきます
この出会いにありがとう