敬語について
今回から何回かに分けて敬語について解説します。実際の使い方を説明する前に、まず敬語とは何かを考えます。
【敬語はどのような表現か】
自分にとって近いか遠いかで人間関係をとらえる、これが日本語の古来からの考え方でした。近ければ親愛、遠ければ敬意を表わすのが、待遇表現(人間関係を表わす表現)のもっとも古い形です。これは人称代名詞に多く見られ、たとえば二人称で親密な者に「おまえ」を使うのもそのひとつです。「お前」、つまり自分の目の前にある存在として扱っています。それに対して敬意を表わす時は「あなた」を使います。「山のあなたの空遠く」という詩があるように、「あなた」は「彼方」、本来離れた場所を指すのに使う言葉です。
その一方、弥生時代あたりから社会が階層化が進み、中国の家父長制の考え方が取り入れられるのに伴なって、人間関係を上下関係でとらえる仕方が漢語とともに広まります。例えば貴兄・貴女・貴殿・貴社の「貴」は、人間を上下関係でとらえる言葉です。「貴」に「たかし」という訓があることからも、これが分かります。
つまり敬語とは、人間関係を次の2つのどちらか、または両方でとらえる表現です。
1.遠近関係・親疎関係で区別する。
2.上下関係で区別する。
第2次大戦終結までの天皇制のもとでは、家父長制の上下関係が重んじられました。「今の若い者は敬語もろくに使えぬ」と嘆く時の敬語とは、この上下関係で区別する敬語です。そう嘆く年長者が、年下と見るや見知らぬ他人でもぞんざいな話し方をすることからも、人間関係の基本を上下関係でとらえていることがわかります。
しかし戦後になって家父長制的なとらえ方が否定され、敬語の持つ遠近関係・親疎関係の表現という側面が強くなりました。近い関係では、親密さゆえに、ともすれば相手を粗雑に扱いがちです。それで「あなたを丁重にあつかいますよ」と意思表示するために敬語が使われますが、これは同時に「あなたは私から遠い存在ですよ」と示すことにもなります。
敬語が上下関係だけにもとづく単純な表現ならば、民主主義が脅かされる風潮が日増しに強くなる昨今、身分制の名残のようなものを使うべきではありません。しかし敬語には、相手を丁重に扱うと同時に遠い関係、疎縁な関係であると表明する働きもあります。この複雑な性格が、敬語の使用を難しくしています。
高校生以下の人が管理する掲示板では、「ここでは敬語を使ってください」という表示がしばしば見られます。人に対して粗雑に振舞うな、見知らぬ相手なのだから最初は距離を置いてくれと言いたいのであり、「ここでは私は神なのだから私を敬え」という意図はないのでしょう。いかにも親疎・遠近関係に敏感な年頃らしい現象です。
上下関係はもちろん、親疎・遠近関係の表現としても敬語に否定的な意見もあります。趣味や話題が合うから集まったはずなのに、親しく振舞うのを否定するのは矛盾ではないか、というわけです(コラム: 敬語は本当に必要か )。考え方としては私も否定しませんが、しかし某最大規模掲示板のように、お互いに敬語を使わず、したがって自分以外のすべてを粗雑に扱う、悪い意味での唯我独尊の集まりのような例もあります。それを思えば、単純に敬語を否定してよいとも思えませません。
なお私が運営する「まなびの函」ブログや掲示板には、「敬語を使ってくれ」という表示はありません。「内容が駄目なら、言葉だけ丁寧でも無礼は無礼」というパソコン通信の考えに馴染んだ者にとって、そんな表示は思いつかなかったというのが正直なところです。ただし私が返答する場合は敬語を心がけています。親しげな「タメ口」がいかに自分の行動を粗雑にするか嫌というほど経験したからですが、しかし中高生に敬語を使うと、相手はどうしても「あなたは私に近づかないでください」と告げられたように感じるようです。
『まなびの函 作文添削教室』でも、敬語についてはいつも迷いながら使っています。契約を結ぶ相手はお客様なのですから「申し込みの確認」「案内」などではかなり丁寧な敬語を使いますが、受講生にとって私は「先生」でもあります。敬語に上下関係の意味もあるため、「先生」が生徒を上に奉ったのでは、どうしてもお互い違和感を覚えます。ひとりですべて運営するがゆえでもありますが、どうすればもっとも自然なのか、今も試行錯誤のさなかにあります。
《注》以上の文は『日本語練習帳』
(大野 晋/岩波新書/税込 735円)を参考にしています。
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【敬語はどのような表現か】
自分にとって近いか遠いかで人間関係をとらえる、これが日本語の古来からの考え方でした。近ければ親愛、遠ければ敬意を表わすのが、待遇表現(人間関係を表わす表現)のもっとも古い形です。これは人称代名詞に多く見られ、たとえば二人称で親密な者に「おまえ」を使うのもそのひとつです。「お前」、つまり自分の目の前にある存在として扱っています。それに対して敬意を表わす時は「あなた」を使います。「山のあなたの空遠く」という詩があるように、「あなた」は「彼方」、本来離れた場所を指すのに使う言葉です。
その一方、弥生時代あたりから社会が階層化が進み、中国の家父長制の考え方が取り入れられるのに伴なって、人間関係を上下関係でとらえる仕方が漢語とともに広まります。例えば貴兄・貴女・貴殿・貴社の「貴」は、人間を上下関係でとらえる言葉です。「貴」に「たかし」という訓があることからも、これが分かります。
つまり敬語とは、人間関係を次の2つのどちらか、または両方でとらえる表現です。
1.遠近関係・親疎関係で区別する。
2.上下関係で区別する。
第2次大戦終結までの天皇制のもとでは、家父長制の上下関係が重んじられました。「今の若い者は敬語もろくに使えぬ」と嘆く時の敬語とは、この上下関係で区別する敬語です。そう嘆く年長者が、年下と見るや見知らぬ他人でもぞんざいな話し方をすることからも、人間関係の基本を上下関係でとらえていることがわかります。
しかし戦後になって家父長制的なとらえ方が否定され、敬語の持つ遠近関係・親疎関係の表現という側面が強くなりました。近い関係では、親密さゆえに、ともすれば相手を粗雑に扱いがちです。それで「あなたを丁重にあつかいますよ」と意思表示するために敬語が使われますが、これは同時に「あなたは私から遠い存在ですよ」と示すことにもなります。
敬語が上下関係だけにもとづく単純な表現ならば、民主主義が脅かされる風潮が日増しに強くなる昨今、身分制の名残のようなものを使うべきではありません。しかし敬語には、相手を丁重に扱うと同時に遠い関係、疎縁な関係であると表明する働きもあります。この複雑な性格が、敬語の使用を難しくしています。
高校生以下の人が管理する掲示板では、「ここでは敬語を使ってください」という表示がしばしば見られます。人に対して粗雑に振舞うな、見知らぬ相手なのだから最初は距離を置いてくれと言いたいのであり、「ここでは私は神なのだから私を敬え」という意図はないのでしょう。いかにも親疎・遠近関係に敏感な年頃らしい現象です。
上下関係はもちろん、親疎・遠近関係の表現としても敬語に否定的な意見もあります。趣味や話題が合うから集まったはずなのに、親しく振舞うのを否定するのは矛盾ではないか、というわけです(コラム: 敬語は本当に必要か )。考え方としては私も否定しませんが、しかし某最大規模掲示板のように、お互いに敬語を使わず、したがって自分以外のすべてを粗雑に扱う、悪い意味での唯我独尊の集まりのような例もあります。それを思えば、単純に敬語を否定してよいとも思えませません。
なお私が運営する「まなびの函」ブログや掲示板には、「敬語を使ってくれ」という表示はありません。「内容が駄目なら、言葉だけ丁寧でも無礼は無礼」というパソコン通信の考えに馴染んだ者にとって、そんな表示は思いつかなかったというのが正直なところです。ただし私が返答する場合は敬語を心がけています。親しげな「タメ口」がいかに自分の行動を粗雑にするか嫌というほど経験したからですが、しかし中高生に敬語を使うと、相手はどうしても「あなたは私に近づかないでください」と告げられたように感じるようです。
『まなびの函 作文添削教室』でも、敬語についてはいつも迷いながら使っています。契約を結ぶ相手はお客様なのですから「申し込みの確認」「案内」などではかなり丁寧な敬語を使いますが、受講生にとって私は「先生」でもあります。敬語に上下関係の意味もあるため、「先生」が生徒を上に奉ったのでは、どうしてもお互い違和感を覚えます。ひとりですべて運営するがゆえでもありますが、どうすればもっとも自然なのか、今も試行錯誤のさなかにあります。
《注》以上の文は『日本語練習帳』

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