記憶の子供――父親への反発から
アルバイトとして働いてくれた最初の一人が、津田晴子さん(仮名)でした。
その当時は、旧帝大のひとつN大の1年生で、町内でも指折の秀才として名が知られていました。本当はもっと上でも合格できたようですが、親が地元を離れることを禁じたために、仕方なくN大に進んだとのことでした。
塾の講師としては残念ながら優秀とはいえませんでしたが、1年間、真面目に手伝ってくれ、人柄ゆえか、中学生達にも好かれていました。
彼女の中学時代について尋ねたことがあったのですが、特に父親の影響が大きかったようです。以下、彼女の話に基づいて書いていきます。
津田さんの父親は、ひとことで言えば暴君で、次の2点を強調していました。
・中高生のうちは、テレビ禁止。ニュースを含め、いっさい見てはいけない。
・女子が勉強すると、生意気になって結婚の相手がいなくなる。よって、勉強はしなくてよい。
特に1番目は絶対でした。
ゲームを含めテレビの使用禁止となると、学校から帰ってから、本を読むか、勉強するしかありません。本といっても、マンガでは買うにせよ借りるにせよ限界がありますから、読み応えのあり、図書館(室)で借りられる文学などが中心になります。また、ちょうどそのころ反抗期であったため、
「どうして女子だと勉強したらいけないの? そんなの差別だ!」
と父親の言葉に反発し、よけいに猛勉強したそうです。
親が口うるさく勉強をうながして子供が反発するのはよくありますが、津田さんの場合、親子ともに、その逆でした。本人が意地をかけて猛勉強し、かつ読書もするのですから、成績が上がらないはずがありません。まもなく学年トップになり、有名な進学校に進みました。
テレビ禁止と「女性に勉強はいらない」という言葉が、成績向上の決め手になったことに気が付いた両親は、妹に対して、今度は意図的に同じことを言いました。しかし、わざとであることを見抜かれたのか、妹は姉ほどのレベルには至らず、中途半端な上位にとどまったそうです。
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その当時は、旧帝大のひとつN大の1年生で、町内でも指折の秀才として名が知られていました。本当はもっと上でも合格できたようですが、親が地元を離れることを禁じたために、仕方なくN大に進んだとのことでした。
塾の講師としては残念ながら優秀とはいえませんでしたが、1年間、真面目に手伝ってくれ、人柄ゆえか、中学生達にも好かれていました。
彼女の中学時代について尋ねたことがあったのですが、特に父親の影響が大きかったようです。以下、彼女の話に基づいて書いていきます。
津田さんの父親は、ひとことで言えば暴君で、次の2点を強調していました。
・中高生のうちは、テレビ禁止。ニュースを含め、いっさい見てはいけない。
・女子が勉強すると、生意気になって結婚の相手がいなくなる。よって、勉強はしなくてよい。
特に1番目は絶対でした。
ゲームを含めテレビの使用禁止となると、学校から帰ってから、本を読むか、勉強するしかありません。本といっても、マンガでは買うにせよ借りるにせよ限界がありますから、読み応えのあり、図書館(室)で借りられる文学などが中心になります。また、ちょうどそのころ反抗期であったため、
「どうして女子だと勉強したらいけないの? そんなの差別だ!」
と父親の言葉に反発し、よけいに猛勉強したそうです。
親が口うるさく勉強をうながして子供が反発するのはよくありますが、津田さんの場合、親子ともに、その逆でした。本人が意地をかけて猛勉強し、かつ読書もするのですから、成績が上がらないはずがありません。まもなく学年トップになり、有名な進学校に進みました。
テレビ禁止と「女性に勉強はいらない」という言葉が、成績向上の決め手になったことに気が付いた両親は、妹に対して、今度は意図的に同じことを言いました。しかし、わざとであることを見抜かれたのか、妹は姉ほどのレベルには至らず、中途半端な上位にとどまったそうです。

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