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作文のポイント・文芸作文(4)
決まり文句を避ける
強い怒りを表そうとして、「私ははらわたが煮えくり返った」と書いたとします。
このような慣用句を使えば楽に書き進められますし、気の利いた表現と思うのかもしれません。
しかし残念ながら、書き手が期待するほど怒りの激しさは読み手に伝わりません。
この表現が考え出された時には十分な衝撃力があったのでしょうし、だからこそ皆が好んで用い、慣用句となったのでしょう。しかし数知れぬ人びとに使われ続け、今ではそのインパクトもすり減っています。どんな巧みな表現も、幾度となく目にすれば飽きてしまいます。
「緑のじゅうたん」「小鳥の歌声」などのありふれたたとえも同様で、読み手は「またか」とうんざりするだけです。
紅葉を錦にたとえるように、ある場面で決まって使われる語を常套語(じょうとうご)と言います。目にとまった物や人、自分自身についての観察と記憶が足らないと、つい常套語を多用してしまいます。紅葉を見た後で綺麗であったという印象しか記憶に残っていないのでは、「目のさめるような紅葉」「錦彩なす紅葉」としか書きようがありません。しかし前回も書いたように、「綺麗」という言葉をいくらくりかえしても読む人にあなたの感動は伝わりません。「綺麗」を常套語で置き換えても同じです。
常套語の問題は文学的な作文だけにとどまるのではありません。常套語に頼るクセがついていると、自己PR文で過去の体験を書くときに「様々なことがあった」などのあいまいな語で片付けてしまいがちです。過去の体験へや自分自身の観察、思い出す努力が足らないと、決まり文句でまとめる誘惑に負けてしまいます。
紅葉であれば具体的にどのような色彩だったのか。木々はどのようであったのか。
それに心を動かされたのはどのような理由からか。
あなたが感動した素材をできる限り具体的に再現することで、初めてあなたの思いが読み手に伝わります。それをするためには、ただ「紅葉が綺麗だなあ」と見とれるだけでなく、目の前の光景や自分の心の動きを注意深く観察するべきです。後で文にまとめるのが分かっているのなら、メモをとると良いでしょう。きちんとした文で書く余裕がないのなら、キーワードを並べるだけでもしておきましょう。
たとえを使うこと自体は悪くありません。長々とした説明の代わりに適切な比喩(ひゆ)を用いれば、読み手はずっとイメージを想像しやすくなります。
しかしそれは、考え抜かれた適切な比喩ならば、の話です。
「小川が歌っている」と手垢のついたたとえを使うくらいなら、「小川の流れる音が聞こえる」と普通に書くべきです(「小川」という語で済ませて良いか、再考の余地がありますが)。
もっとも、決まり文句をすべて除くことは困難です。この文章にしても「手垢のついた」のような常套語が散在しています。「手垢のついた」表現を徹底して排除していたら、作文を書き進められなくなってしまうでしょう。常套語はアマチュアが文を書くための必要悪(これも「手垢のつき過ぎた語ですが」)と言えるかもしれません。
要はバランス感覚であり、次の2点を注意するのが現実的でしょう。
• 最も大切なところでは常套語を避ける。
• 常套語はさりげなく使い、それを強調しない。

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